私の選んだ「マイルス・デイヴィス」名盤15枚

クールの誕生 Capitol T-762 1949.1.21/4.22 NY

モダン・ジャズ史上燦然と輝く金字塔アルバム。48年パーカー・コンボ在団時にあって、エクスタイン楽団時代から親交深かったタッド・ダメロンの紹介で、ギル・エヴァンスジェリー・マリガンジョン・ルイスらと『ロイヤル・ルースト』にスペシャル・バンドで出演したマイルス9重奏団は、キャピトルにその足跡を残すことが実現した。3回にわたって吹き込まれたこのアルバムで、マイルスはバップの伝統に立脚しつつも、ソロ、アンサンブル、そしてポリリズミックなサウンド作りなど、後々のモダン・ジャズ形成へ大きな寄与をなした様々なトライヤルを描いていった。

バグス・グルーブ Prestige LP-7109 1954.6.29/12.24 NY

有名な54年クリスマス・イブのセッションは、本アルバム(A面)と「マイルス・デイヴィス&モダン・ジャズ・ジャイアンツ」にわかれて収録されている。このセッションは「ウォーキン」の延線上にあるオールスター・ジャム・セッションだが、モンクの参加がこれをより有名にした。マイルス、ミルト、モンクのソロはいずれも絶品。そしてB面のマイルスとロリンズ+黄金リズム・セクションのセッションは、のちのマイルス・クインテットの雛形ともいえるハード・バップの好デイトとしてA面をしのいでいる。

ラウンド・アバウト・ミッドナイト CBS CS-8649 1956.10.27 NY
 マイルス初期の代表作というばかりかモダン・ジャズ史に燦然と輝く不朽の名盤。まさに“一家に一枚”に必携盤。当時マイルスはプレステッジ社と契約に縛られていたが、好条件を呈示してきたCBSとの間に55年、仮契約を結んだ。そして吹き込まれたのが本盤。オール・アメリカン・リズム・セクションと謳われたガーランド以下のリズム隊をバックに、センシティブなマイルスのホーンと、コルトレーンの噴出するソロのコントラストが新たなジャズを予感させる。モンクの名作<ラウンド・ミッドナイト>に“アバウト”を入れたタイトル、このしゃれっ気がジャズっぽい。

クッキン Prestige LP-7094 1956.10.26 NY

 4部作中で10月セッションのみに焦点を合わせた編集。マイルスのおはこ〈マイ・ファニー・ヴァレンタイン〉の初演が聴ける。64年モード奏法で再演されたCBS吹き込みの同曲と聴き比べてみると面白い。そこで性格判断。初演盤をより好む人は情熱家、ロマンチスト、素朴。再演盤の人は、クール、知的、キザ?かな。モードといえば〈ブルース・バイ・5〉には、後年のモード奏法の萌芽がみられ重要。急成長を遂げつつあるトレーンのブルースにおけるソロが実に破天荒。ところで、ヒューマン・タッチの素晴らしいジャケット・デザインだが、どっちからラッパを描いたかわかりますか?

マイルストーンズ CBS CL-1193 1958.3.9 NY

 モード時代突入を捉えたマイルス・コンボの代表作。“ニュー・バード”(パーカーの再来)と呼ばれたキャノンボールと、“酒と薬”の問題を契機に1年間バンドを離れていたコルトレーンの復帰の下、まさに史上最強の3菅編成コンボによる録音。さまざまな話題に事欠かぬ盤で、〈ジャズ・アヘッド〉では、クレジットはないが御大自身がピアノを弾いているようだし、録音日付も長い間誤って伝わっていた。〈ビリー・ボーイ〉はガーランド以下リズム隊のみの演奏。このようなトラックを設けることは、当時あまり例のないことだった。余裕のマイルス、か?

サムシン・エルス Blue Note BST-8042 1958.3.9 NY

 アルバムの表題はキャノンボール・アダレイのリーダー作となっているが、実質的なリーダーはマイルス。CBS専属だったマイルスは、他社でリーダー作を吹き込むわけにはいかなかった。フランスで「死刑台のエレベーター」を吹き込んで帰米した直後に吹き込まれたものだが、メンバーの顔ぶれの豪華さ以上に、シャンソンの名曲を一躍ジャズ・スタンダードにしてしまった〈枯葉〉におけるマイルスの名演はあまりにも有名。この1曲によって、このアルバムはモダン・ジャズ史上屈指の名盤としての評価を得たといってもいい。モード手法への転換の第一歩を示唆した作品。

カインド・オブ・ブルー CBS CS-8163 1959.3.2 NY

 エバンスやトレーンらと共に探求してきたモード奏法によるアドリブ展開の完成的作品で、60年代ジャズ・シーンをリードする先駆的役割をはたした代表作の1枚。ビル・エヴァンスが強力にバック・アップしており、当時既に彼はバンドを抜けていたにもかかわらず吹き込みに馳せ参じた。全5曲共、作曲者はマイルスとのクレジットだが、エヴァンスの楽理知識に基づき作曲された曲が多いらしい。たゆたうブルーなムードが全体をすっぽり覆い、聴き手を遠くに連れて行ってくれる。聴けば聴くほど、味が出てくるスルメのような盤。ジャケットを眺めていたらマイルスが弥勒菩薩にみえてくる。

スケッチ・オブ・スペイン CBS CS-8271 1959.11.20 NY

 マイルスとギルの共演は3作目となった本アルバムにおいて、その成果を最大限に発揮したといっていい。〈アランフェス〉及びファリアの「はかなき人生」からの〈ウィル・オ・ザ・ウィスプ〉というスペイン音楽の代表作にギルのオリジナル3曲を加えた演奏。ギルのオーケストレーションは、ホルンとチューバを加えたファンタジックなブラスに木管群特有の色彩感豊かなふくらみのあるトーンを加え、マイルスのソロとぜつみょうのサウンド・テクスチャーを生み出している。ジャズメンにもしばしば取り上げられている〈アランフェス〉だが、このマイルスとギルによる演奏が、今もって屈指の代表的名演。

マイ・ファニー・ヴァレンタイン CBS CS-9106 1964.2.12 NY

 これは「フォー&モア」と対をなすアルバムで、64年2月12日ニューヨーク市リンカーン・センターのフィルハーモニック・ホールにおけるチャリティー・コンサートのステージを録音したもの。全5曲いずれも過去に何度か吹き込まれているナンバーばかりであるが、フリー・ブローイングなマイルスのソロは、バラードを中心とした曲構成の中で新鮮な光輝を放っている。ミュートとオープンを使い分けるマイルスのフレージングが、独自の音世界を構築していく過程が、ものの見事に捉えられている。ハンコックのタッチも印象的。

フォー&モア CBS CS-9253 1964.2.12 NY

 「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」と同じ時の実況録音盤。ここで演奏されている6曲も、いずれも過去に吹き込まれたことのあるおなじみのナンバー。すでに結成して1年近くになるクインテットのグループ・コンビネーションの良さがここにきて成果を上げ、マイルスのソロも、かつてない白熱したフリー・ブローイングで圧倒される。1曲がミュート、他の5曲はオープンで、シャープな躍動感のあふれたプレイを展開。1曲目のコールマン、2曲目のトニーなどバックの好演も見逃せない。いずれにしてもインプロバイザーとしてのマイルスの真価が最高に発揮された作品の一つ。

マイルス・スマイルズ CBS CS-9401 1966.10.24 NY

 「ESP.]からほぼ1年9ヶ月のブランクを経て発表された作品。かつて50年代に一世を風靡したオリジナル・クインテットに匹敵するコンボとしての充実ぶりがいかんなく発揮されたアルバム。3曲がショーター、1曲がマイルスの作曲で、〈フリーダム・ジャズ・ダンス〉はエディ・ハリスの、〈ジンジャー・ブレッド・ボーイ〉はジミー・ヒースの作品。ジャズ・ロック調の〈ジンジャー・ブレッド・ボーイ〉などにおけるマイルス独自の解釈は、70年代を前に早くもマイルスのロック・イディオムに対する最も初期の方向づけという点でも興味深い。〈サークル〉におけるミュートでのバラード・プレイもまた出色ではある。

イン・ア・サイレント・ウェイ CBS CS−9875 1969.2.18 NY

 69年2月の録音だが、70年代ジャズのあり方を示唆し予言した演奏で、数あるマイルスのアルバムの中でも最も重要な1枚。マイルスとザビヌルのコラボレーションというべきアルバムで、特に注目すべき作品がザビヌル作のタイトル曲。この牧歌的電化サウンドの中にウェザー・リポートやリターン・トゥ・フォーエバーの原型を聴く事ができる。ショーター、ハンコック、チック、ザビヌル、マクラフリン、デイブ・ホランドトニー・ウィリアムスとマイルス・スクールが全員集合している点に刮目。ここから新しい70年代ジャズが生まれた。

ビッチェズ・ブリュー CBS GP-26 1969.8.19.20.21 NY

 「イン・ア・サイレント・ウェイ」はむしろザビヌルの楽想が強く打ち出されている点で重要であったが、その6ヶ月後の68年8月に録音されたアルバムには〈マイルス・ランズ・ザ・ブードゥー・ダウン〉他2曲に加わっているのみで、全編マイルス自身の音楽的方向が強く打ち出されている。したがって70年代におけるマイルス・ミュージックの原型がここにあるとみていい。アルバム・タイトルは魔女の作る酒といった意味であり、ほかにブードゥーとかファラオとかの題名があり、アフリカの野生と生命の躍動、神秘性といったものをジャズに導入し、複雑なリズムの強調とジャンルを超えた溶解を求めている。

オン・ザ・コーナー CBS KC-31906 1972.6.1,6 NY

 60年代末からのマイルスの音楽は、ポリリズミックな部分を強くおしすすめてきた感があるが、このアルバムでは彼のリズム重視の傾向が、それまでのどの作品よりも強く打ち出されている。ここに繰り広げられているリズムは、よりシンプルでダイナミックなものだが、マイルスはリズムのもつ重要性を復活させることによって、アフロ・アメリカン音楽の伝統に新たな光をあてている。その意味では、70年代以降のマイルスの方向がはっきり打ち出されたアルバムで、この時期の作品の中でも特に重要な意味を持つアルバム。リズムの饗宴ともいうべきトータルなサウンドに耳を傾けたい。

ゲット・アップ・ウイズ・イット CBSKG332361973.9.19&20 NY

録音年月日はさまざまだが、70年代前半のマイルスの音楽をいろいろな角度から捉えることのできる興味深いアルバム。〈ヒー・ラブド・ヒム・マッドリー〉は74年5月にこの世を去ったデューク・エリントンに捧げられた演奏で、アルバム中でも最大の聴きもの。30分を超える長いトラックで、前半マイルスはオルガンによってこの曲のムードを設定するが、その後に出る彼のミュート・プレイは、深い悲しみに彩られている。他のトラックでは、カリプソなどのラテン音楽やロックの要素を取り入れたナンバーが含まれているが、それらもまぎれもないマイルスの音楽として見事に消化されている。